東京地方裁判所 昭和54年(ワ)1953号 判決 1980年8月28日
原告
吉澤健治
右訴訟代理人
庄司宏
被告
国
右代表者法務大臣
奥野誠亮
右指定代理人
根本真
外一名
主文
一 被告は原告に対し、金一九〇〇万円及びこれに対する昭和五四年三月一七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 訴訟費用は被告の負担とする。
三 この判決は第一項につき、認容金額の三分の一の限度において仮に執行することができる。
事実《省略》
理由
一請求原因第2項中、本件土地が昭和二一年七月二五日一六四〇番一の土地に合筆されていて存在しないこと、及び本件土地に関する登記簿上の表示は浦和地方法務局上尾出張所(以下本件登記所という)の登記官が誤つて表題部を新設したことによつて生じたものであること、並びに同第3項中、公図上本件土地関係の地番の表示がかすれて判読困難であり、そのあたりに鉛筆書きによりアラビア数字で「1640―3」と記載されていることについては当事者間に争いがない。
二<証拠>を総合すると次の事実が認められ、右<証拠>中右認定に反する部分はにわかに措信しがたく、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。
1 現存しない本件土地について登記官が誤つて表題部を新設したのは昭和三七年五月七日であつて、その後本件土地については、昭和五〇年二月一七日付で斎藤博男のために所有権保存登記が経由されたうえ、加藤正夫へ買戻特約付で所有権移転登記が経由されたが、右移転登記は同年七月一四日で錯誤を原因として抹消され、更に同年九月二五日付で右斎藤から長田茂一に所有権移転登記が経由された。
2 原告は、不動産業を営む株式会社東栄不動産の取締役であつたが、売主長田の代理人で自分のいとこの子に当たる吉沢浩司から本件土地を坪当り一〇万で購入してはどうかと持ちかけられ、本件土地が中仙道に面しているとのことであつたため、自分がかねて計画していた食堂の建設用地にしてもよいと考えた。そこで、原告は、浩司とともに本件登記所を訪れ、登記簿と公図を閲覧したところ、甲第一号証のとおり(ただし、甲区欄の記載は六番まで)本件土地に関する登記簿が存在し、かつ、登記所備付の公図には、おおむね別紙図面のとおりの記載があつて、別紙図面の部分(G、C、D、EおよびGの各点を順次直線で結んだ線で囲まれた部分)中央には墨で「千六百四十」と記入されており、同図面の部分(A、B、C、GおよびAの各点を順次直線で結んだ線で囲まれた部分)中央にはやはり墨で縦に「一」、「六」、「四」、「〇」と記入されているが、右四文字の直ぐ下の部分にはもと何らかの書込みがあつたものとみられるものの何かでなぞつたような状態で黒く汚れているため、いかなる書込みがあつたかは判読できない状態であり、また右部分の下端には別紙図面記載のような状態で「1640―3」と鉛筆の書込みがあり、また、CとFの各点を結ぶ直線には同図面記載のとおり抹消を示す短い直線が記入されているが、右部分を囲む各直線にはそのような書込みはなく、同部分が一筆の土地として存在していることを示しており、浩司からは右部分が本件土地に該当する旨の説明があり、かつ、原告が本件登記所の係員に右部分が一六四〇番三の土地であるかどうか質したのに対し、右係員は「ああそうでしよう。」と答えた。
引き続いて原告は、浩司に案内されて現地を見分したが、現地は、中仙道に面する細長い四角形の土地であつて、四隅には赤い境界杭が設置されており、歩測によつて大まかに測ると、間口(別紙図面のAB間の距離)約二四、五間奥行きは別紙図面AG間で約八間、同BC間で約六間であつたため、原告としては、公図と大きな齟齬もなく、登記簿上に表示されている本件土地が現にここに存在するものと判断し、本件土地を購入することとした。
3 その後原告は、浩司と交渉し、長田から代金一八〇〇万円で本件土地を買受けることとし、昭和五一年一一月二〇日に手附金五〇〇万円を、同年一二月二〇日に中間金一〇〇〇万円をそれぞれ浩司に交付し、同年一二月二八日長田に残金三〇〇万円を支払うのと引換えに、同人から本件土地の権利証、評価証明書、同人の委任状、印鑑証明書を受領し、翌五二年一月六日に山中真吾の名義で本件土地の所有権移転登記を経由した。
この間、同月五日に原告が埼玉県桶川市長に本件土地に関する評価証明書の交付を申請したのに対し、甲第二号証の二の評価証明書が交付された。
4 原告が昭和五二年一月中旬頃再び本件土地の評価証明書の交付を申請したのに対し、桶川市の係員は本件土地が存在しないことを理由にこれを拒否し、その後本件登記所からも昭和五二年三月二五日付で本件土地が存在しない旨原告に通知され、原告はようやく本件土地が存在しないことを知つた。
三他方、<証拠>によると、前記のとおり本件土地につき斎藤から移転登記を受けた加藤正夫が公図を閲覧したときには、別紙図面部分の判読困難な部分にはその上方の「一六四〇」の四字に続いて「―四」と記載されており、同部分下端の「1640―3」の鉛筆による書込みはなく、本件土地に該当する部分が公図上に表示されていなかつたため、同人が不審を抱き調査したところ、本件土地の不存在が判明し、斎藤もそのことを知つていたため前記のとおり移転登記を抹消したこと、浩司が右加藤と斎藤との契約に関与していたこと、及び右加藤が公図を閲覧した際本件登記所の職員に「登記簿にある物件が公図に記載されていない」と申立てたが、特に問題とされなかつたことが認められ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。
なお、右の認定事実によれば、浩司は本件土地の不存在を知つていたことが推定できるが、このことから原告もこれを知つていたと推認することはできないし、他にこれを推認させるに足りる事実もない。
四以上の事実関係によると、本件登記官には、誤つて存在しない土地について登記薄を新設した過失のほか、右登記を是正しないまま放置したこと及び公図の管理を適切に行わず、公図上に誤つた書込みを放置していたことについても過失があつたと評価すべきである。
そこで次に、右過失と原告が実在しない土地を買受けて後記の損害を受けたこととの間に相当因果関係があるか否かを検討するに、原告は、前記認定のとおり甲第一号証の登記簿に表示された土地と公図上別紙図面部分に表示された土地及び浩司に案内された土地がいずれも同一の土地であつて、それが本件土地であると判断して本件土地を買受けたものであるから、右登記簿の存在は、公図の記載状況および現地の形状にかんがみ、原告が本件土地買受を決意するにつき決定的な要因となつているのであつて、被告が主張するように原告が登記簿の表示とは無関係に浩司によつて指示された土地を買受けたとは到底認められないし、右事実関係のもとでは、右のような誤つた登記簿が存在する以上、原告がこれを信用して右のように判断したことは、原告の職業を考慮してもなお通常生ずべきことと評価すべきであるから、右登記官の過失と原告の後記損害との間には通常生ずべき相当因果関係があると認められる。
なお、前認定のとおり加藤正夫は本件土地の不存在を発見しているが、原告と加藤とではその閲覧した公図の状態が異つており、原告の場合には公図の記載から本件土地の不存在を疑うべきであるとは言えない。
五原告は、前記のとおり本件土地が存在するものと信じてその売買代金一八〇〇万円を支出したほか、<証拠>によると、本訴の提起にあたつて原告代理人弁護士庄司宏に昭和五二年三月二八日、弁護士費用(着手金及び手数料)一〇〇万円を支払つたことが認められ、本件事案にかんがみると右弁護士費用は全額登記官の過失と相当因果関係ある損害と認めるべきであるから、被告国は原告に対し、国家賠償法一条一項に基づき右支出金に相当する損害金合計一九〇〇万円とこれに対する本件訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和五四年三月一七日から支払済みに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務がある。
六よつて、原告の本訴請求はすべて理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担については民事訴訟法八九条を、仮執行の宣言については主文第一項の認容金額の三分の一の限度で相当と認めて同法一九六条一項を、それぞれ適用して主文のとおり判決する。
(三宅弘人 手島徹 藤山雅行)
別紙図面
目録<省略>